大判例

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大分地方裁判所中津支部 昭和48年(わ)13号 判決 1978年1月31日

主文

被告人三名をそれぞれ無期懲役に処する。

被告人三名に対し、各未決勾留日数中、いずれも一、四〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人三名から、押収してある叺一個、針金四本、ビニール袋一枚、麻ロープ一本、ブロック二個、縄一本、金槌(金具のみ)一個、およびリヤカー一台を没収する。

理由

(被告人三名の経歴など)

被告人甲川一郎(以下被告人一郎または一郎ともいう。)は、農業を営んでいた父乙田太一の五男として、広島県安芸郡○○○町に生まれ、高等小学校を卒業後家業の手伝いをしていたが、昭和二五年ころAという石工の弟子となり、昭和二八年ころ同人に伴われ、日田市に来て働いているうち、昭和二九年ころ当時同市大字○○××××番地で農業と菓子商を営んでいた被告人甲川ハル子(以下被告人ハル子またはハル子ともいう。)方に下宿するようになった。その当時右ハル子方にはその娘である被告人甲川花子(以下被告人花子または花子ともいう。)が先夫と離婚して、その間の二児夏子、冬男をつれて同居していたことが縁となり、昭和三四年ころ花子と結婚(届出は、同三七年三月二四日)して、甲川の氏を称することとなり、二人の間に長女秋世(昭和三七年九月二八日生)が生まれた。そして、同被告人は、本件に至るまで引続き石工として働いていたものである。

被告人甲川花子は、父甲川太郎、母ハル子の長女として出生し、昭和二二年春高等小学校を卒業後まもなく大工をしていた丙山松郎を婿養子に迎え、一五歳にして長女夏子を、一八歳にして長男冬男を産んだが、昭和二六年秋ころ右松郎と離婚し、夏子、冬男を連れて太郎、ハル子夫婦のもとに帰り、小料理店などに勤めながら父母と同居しているうち、前述のような経緯から被告人一郎と再婚して一女秋世を産み、この間、昭和三五年五月ころから小料理店「○○○○」や大衆食堂「○○○○」を順次開店経営していたが、昭和四七年一〇月に肩書住居地で大衆食堂「○○」を新たに開店していたものである。

被告人甲川ハル子は、父丁谷二郎の三女として日田郡○○○村に生まれ、小学校を卒業後農業などをしたあと、二〇歳のころ甲川太郎と結婚し、昭和七年六月に長女花子をもうけ、肩書本籍地で農業などをしていたが、昭和三二年三月夫太郎が死亡したため、被告人花子が大衆食堂「○○○○」を開店するようになってからは、その店を手伝っていたものである。

(犯行に至る経緯)

被告人らの家庭では、一郎が石工として働き、花子が飲食店を経営し、ハル子がその手伝をしていたが、家計を被告人花子、同ハル子において切り廻していたところ、昭和三六年ころ前記大衆食堂「○○○○」を新築開店した際多額の債務を負うたことなどから、経営に無理を来たし、資金繰りのためあちこちからさらに借財し、あるいは次々と頼母子講を発起してやりくりしたものの、結局は破綻を来たし、右大衆食堂「○○○○」の土地建物も負債のため人手に渡り、一時これを賃借する形で営業を続けていたが、まもなくその家賃の支払いすらできなくなり、ついには持主から立退きを要求される破目に陥った。そこで被告人花子、同ハル子は日田農業協同組合五和支所から、昭和四七年夏ころまでに花子、冬男の名義で合計金八八〇万円を借受け、肩書住居地に住居を新築し、その建築代金すら未払いのまま同所で前記大衆食堂「○○」を開店したが、営業は振わず、頼母子講のやりくりなどでなんとかしのいでいたものの、借財のみ増加し、昭和四八年に入ったころには借入先も殆んどなく、多額の頼母子講の掛金と借金返済資金に追われてその日の生活費にも事欠く状態に陥っていた。

ところで、被告人花子は、昭和四三年ころからBから逐次融資を受けるいっぽう、昭和四五年一月ころからは同人と情交関係をもつようになり、このような関係は昭和四七年一二月中旬ころまで続いたが、このころから被告人花子が同人との情交関係を嫌うようになったところ、同人からの借金返済の取立が急に厳しくなり、昭和四八年一月一六日ころには厳しい督促に耐えかね、同人に対し憎悪の念を抱くに至り、果ては同人を殺害すれば借金の催促も受けずこれを支払わずにすむうえに、同人が常に持ち歩いている大金も入手することができ、また同人との情交関係も夫一郎や母ハル子に気づかれずにすむと考え、右Bの殺害を思い立つに至ったが、同女ひとりの力では到底同人を殺害することはできそうもないので、同月下旬ころまでに何度も被告人一郎、同ハル子に対し、Bへの約三〇〇万円に及ぶ借金の取立から逃がれるためには、同人を殺すほか途がないことを訴えて、これに協力方を懇請したところ、当初はこれを拒み花子を諫めていたハル子や一郎も、同月末ころにはついに花子の考えに同調することになり、ここに被告人三名は、共同してBを殺害しさらに同人の所持している現金をも奪おうとの結論に達した。

そこで被告人三名は、殺害の方法、実行行為の分担、死体の始末などについて具体的な謀議を重ねたうえ、同年二月二日を犯行日と決めて、被告人花子、同ハル子はBに対し、一郎が広島に持っていた山を売った代金三〇〇万円が銀行に送金されているからこれで返済すると嘘を言って肩書住居地の自宅に誘い出し、被告人一郎も仕事を休んで同人を迎え、手筈によってハル子は金槌を持ち出してBを殴りつける機を狙ったが、躊躇するうちに機会を逸したため目的を果さず、その日は被告人一郎が、「銀行に行ったが、支店長からいっぺんに三〇〇万円も引き出さんで四、五日あとにしてくれといわれた。」と嘘を言ってその場を取りつくろい、Bを帰らせたものの、被告人らは右B殺害の意図を捨てきれず、被告人一郎が免許証更新のため仕事を休むことになっている同月九日に、更めてB殺害を実行しようと申合わせて、同月八日返済の督促に来たBに対し、「明日三〇〇万円を支払うから来てくれ。」と同人に誘いをかけたうえ、同日夜被告人三名は、同家台所に集まり、翌日Bが来たら四畳半の部屋で被告人花子が同人の相手をし、そのすきに被告人ハル子が金槌で同人の頭を叩き、被告人一郎がその首を絞めて殺すこと、死体は叺に入れ夜明ダムの水中に捨てる等前回謀議して定めたB殺害の手筈を再確認し、翌日を待つこととなった。

(罪となるべき事実)

被告人三名は、

第一  前叙のとおりB(当時七三歳)を殺害して同人からの借金の返済を免れ、さらに同人所持の現金を強取しようと共謀のうえ、昭和四八年二月九日、Bが被告人らの誘いに乗って貸金の支払を受取るため日田市○○町×番××号の被告人ら宅を訪れるや、同人を奥四畳半の居間に招じ入れて雑談などしたすえ、同日午後零時三〇分ころ、同所において被告人らの応援をうけて坐っている同人の背後から、被告人ハル子が石工用の金槌(昭和四八年押第一〇号の7はこの金具部分)でいきなりBの頭部等を数回殴打し、倒れかかる同人の頸部に麻ロープを巻きつけて被告人一郎とともにこれを絞め、さらに頸部を被告人一郎が両手指で力いっぱい絞めつけ、よってそのころ同所においてBを頸部扼圧による窒息のため死亡させて殺害し、被告人らの右Bに対する債務三〇〇万円余りの返済を免れて財産上不法の利益を得るとともに、同人所持の黒ビニール製鞄に在中の現金二五万五〇〇〇円を強取し、

第二  右犯行後、右Bの死体を遺棄しようと共謀のうえ、被告人一郎、同ハル子が前記居間において、Bの死体をビニール袋に入れたうえ叺につめ、いったん同家倉庫に隠し、同日午後八時三〇分ころ、被告人一郎が右倉庫において、右叺にブロック二個を入れたうえで縄と針金で緊縛し、これを被告人一郎、同花子の両名において、リヤカーで同市大字○○字○○の夜明大橋まで運搬し、同日午後一一時三〇分ころ、同橋上より夜明ダム水中に投げ捨てて遺棄したものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

被告人甲川花子の弁護人は、判示強盗殺人の事実について、同被告人は自己の意思により実行行為をやめたのであるから、他の被告人の行為によって既遂に達したとしても中止未遂となる旨主張しているので、この点につき判断する。

一般に、数名共謀による犯罪において、共犯者のひとりに中止未遂が成立するためには、その共犯者が単に自己の意思により犯行を中止するだけでは足りず、共謀関係から離脱するとともに、他の共犯者の該共謀による犯行をも阻止することが必要と解せられるところ、本件の場合、同被告人は直接被害者殺害の実行行為は分担していないにしても、他の共犯者を阻止し、結果の発生を防止すべき手段を講じた事跡はなく、単に同被告人が加担した謀議による犯行が他の共犯者において実行されるのを放任したにすぎず、他の被告人らとの共謀関係から離脱したとは認めがたいばかりか、前後の行動を考察すれば終始共謀関係にあったことが認められ、しかも、前判示のとおり本件強盗殺人は既遂に達しているのであるから、同被告人に中止未遂をもって論ずることはできず、弁護人の主張は理由がないから採用しない。

(法令の適用)

被告人三名の判示第一の所為はいずれも刑法六〇条、二四〇条後段(二三六条)に、判示第二の所為はいずれも同法六〇条、一九〇条にそれぞれ該当し、以上はいずれも同法四五条前段の併合罪であるが、各被告人につきいずれも判示第一の罪について所定刑中無期懲役刑を選択するので、同法四六条二項本文に従い他の刑を科さないこととし、後記量刑の事情を考慮して各被告人をいずれも無期懲役に処し、被告人らに対し、同法二一条を適用して各未決勾留日数中いずれも一、四〇〇日をそれぞれその刑に算入し、押収してある叺一個、針金四本、ビニール袋一枚、ブロック二個、縄一本およびリヤカー一台はいずれも判示死体遺棄の用に供したもの、麻ロープ一本および金槌一個はいずれも判示強盗殺人の用に供したもので、いずれも犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号二項を適用して被告人三名からこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人らに負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、被告人らが被害者に対する債務の弁済に窮したあげく、被害者を殺害してその債務を免れるだけでなく、同人の所持金をも強取するという一石二鳥を狙った計画的犯行であって、その動機、目的は極めて不純且つ貧欲であり、その手口たるや、債務弁済を口実として被告人らの自宅に被害者を誘い出し、生命の危険など夢想だにせず安心して被告人らの応接を受けていた被害者の虚に乗じていきなり背後から攻撃を加えたもので、陰険且つ卑劣極まるものであり、殺害の方法においても、何ら抵抗もできずもがき苦しむ被害者に判示のとおり残忍な攻撃を加え、さらにその死体を塵芥同様に叺に押し込み、人里離れたダムの水底に沈めた事に至っては、言語道断であって、人命の尊厳を全く無視した点は言うに及ばず、その冷酷非道且つ貧欲さにおいて稀に見る悪質な犯行と言わざるを得ない。しかも、本件犯行後における被告人らの行動を見てみると、その犯跡をくらますため、ある者は殺害者の自転車を遠くまで捨てに行き兇器を川の中に放擲し、ある者は被害者の所持品を焼却したり血に汚れた畳を新しいものと入れ替えるなど、各被告人はいずれも冷静周到にことを運ぶとともに、被告人花子、同ハル子においては、被害者方を訪ねてその安否を尋ね、借金の質として被害者に預けていた着物の返還を求めるなど、その所為は稀に見る厚顔且つ大胆なものと言うべく、そこには、何ら人間的な反省悔悟の情は見られない。また、本件犯行は被告人らの緊密な共同によって遂行されたものであって、被告人花子は最初に本件犯行を決意して他の被告人らを説得しこれに加担せしめたものであり、被告人一郎は被告人ハル子と協力し合って被害者殺害の実行行為を行い、とりわけ、被害者の死亡に致命的な攻撃を加えたばかりでなく死体遺棄の点においても花子とともにその実行に当たったものであり、被告人ハル子は前記のとおり被告人一郎と殺人の実行行為に当たり、ことに被害者に対する最初の一撃を分担し且つ所持金の強取については勿論、具体的な犯行計画に主導的立場に立ったもので、これら本件犯行における各被告人の役割はいずれも重要、不可欠のものであるから、その罪責に甲乙をつけ難いものであるところ、被告人らは本件公判廷においていずれも犯行の一部を否認するとともに互に他に罪を転嫁し、自分ひとり逃れようとして偽りの供述を重ねるのみで、極めて自己中心的な性向を示し、被害者の遺族に対して何ら慰藉の方法を講じることもなく、また被害者の冥福を祈る真摯な態度も見受けられず、被告人らの奸計に陥り、非業の死を遂げた被害者やその遺族の心情および本件が近隣社会に与えた衝撃や社会的非難を併せ考えれば、被告人らの罪責は極めて重大と言わざるを得ない。そして、本件犯行の原因が被告人らの経済的な窮状にあり、被害者の厳しい債権の取立に追いつめられていたことも、被告人らの平素の無計画かつ乱脈な生活態度が自ら招いた結果ともいうべく、被害者のみを非難しうるものではなく、本件において特に酌量すべき有利な情状とは言い難い。

しかしながら、被告人らはいずれも本件犯行に至るまでは前科がなく、一応真面目に生活を送って来た者であり、公判の最終段階ではやや反省の色も見られたことなどを総合勘案のうえ、被告人らに対し、前示のとおり所定刑中無期懲役をもって処断するを相当と思料する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畑地昭祖 裁判官 甲斐誠 森岡安廣)

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